
| 僕はいま、昨年まで所属した清水エスパルスを離れて、 FC岐阜というクラブチームとプロ選手契約を結んでいます。 |
まず移籍の経緯についてお話します。 名古屋グランパスエイトやサンフレッチェ広島などで活躍した森山泰行とは、同年代ということもあって以前から親しく付き合ってきました。岐阜出身の彼は郷土に誕生したクラブチーム、FC岐阜のプレーイングマネージャーとして活躍していましたが、その彼が昨年の夏、静岡に遠征に訪れた際に連絡をしてきました。会って話をしたところ、次のような内容を聞きました。 ・FC岐阜は県選抜選手を中心にチームを構成して東海社会人リーグ2部で戦っている
新しいことにチャレンジして何かを作り上げるのはやりがいがありますし、とくに子供たちにサッカーを通じてメッセージを伝えるという部分では大いに共感しました。9月にFC岐阜の試合を見に行く約束をしてこの日は別れました。・将来はJリーグ参入を目指している ・チームでの活動と並行して、県内の子供たちに、サッカーを根付かせる役割も 担っていきたい |
観戦に行ったのは、05年9月4日に行われた東海社会人サッカーリーグの芙蓉クラブ戦です。試合は1−0でFC岐阜が勝つのですが、驚いたことに2,000人を超えるサポーターが力強い応援でチームを後押ししているんです。これほど県民のサポートがあるなら、新しい風を起こせるのではないかと、心を動かされた瞬間でした。 FC岐阜にはエスパルスでチームメイトだった平岡直起や伊藤哲也といった選手もいて、一緒にやろうと言ってくれました。こうした出会いが重なって今回の移籍につながったのです。 |
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FC岐阜をめぐる環境についても紹介しておきます。 FC岐阜が誕生したのは01年4月です。岐阜県リーグへの参入から始まり、05年は東海社会人サッカーリーグ2部で2位となって1部昇格を決めました。 06年は佐川急便中京、静岡FCなど全8チームでリーグ戦を戦い、優勝すると全国地域リーグ決勝大会に進むことができます。決勝大会には全国に9つある地域リーグから1〜2つのクラブチームが進出してきます。この大会で2位以内に入ると、JFLに自動昇格できます。そしてJFL全18チームのリーグ戦で2位以内に入ると、いよいよJリーグ参入が視野に入ってくるのです。 |
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最短で行くと08年には岐阜県から初めてのJリーグ参入チームの誕生です。そう考えるとわくわくしてきますね。僕に対して「そろそろコーチ業ではないですか」と声をかけてくれる人がいますが、まだそんなことは考えていません。サッカーをプレイしはじめたころのフレッシュな気持ちからまったく変化していないというのが現状です。 プロ選手とはどういうものか、プロとして続けるには何が必要か、そしてどんなスタイルを持っているのか。これらを若い選手に伝えるには、彼らと同じ選手という立場が最適であると僕は考えています。 そもそも選手寿命を年齢で決めていく風潮がおかしい。ジーコやサントスの例を見てもわかるように、つねに向上心を失わずに自己管理を徹底して行えば、年齢に関係なくチームに貢献するプレイができます。 プロサッカー選手として結果を残すこと。これを軸にしながらサッカークリニックとしての活動も広げていくことになります。 |
| チームは今年から読売クラブやヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ1969)で活躍した戸塚哲也氏を新監督に迎えて、モチベーションが高まっています。FC岐阜の試合結果などについてはYOSHI BLOGで随時報告していきますので、楽しみにしてください。 |
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